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料理人 西野正巳ヒストリー(江戸編)

柳橋花柳界で最後の一流料亭「いな垣」江戸料理の最高峰として政財界の選ばれし人たちに愛された名料亭で一般人は敷居を跨げない世界があると知った場所でもある。
京都で副料理長にまでなり京料理とは別の日本の素晴らしい料理も学んでみたいと思い始めたころに、
赤坂の置屋の女将に江戸で1番の料亭が有るけど面接を受けてみるかい?と誘われ軽い気持ちで返事をした!
京都は代々続く今で言うオーナーシェフが主流の一子相伝(世襲制)が殆どす。
江戸は料理人を紹介所(組合)などから雇い入れ経営者は料理をしないビジネススタイルが主流です。
当時は江戸時代から続く花街なかでも花柳界は別格で江戸文化も下町には残されておりました。
※花柳界について東京花柳界情報舍様お借りしました。 https://www.tokyo-geisha.com/html/maincontents/
その花柳界の最高峰と言われていたのが料亭いな垣です。
柳橋花柳界で多くの料亭が連なった時代が有ったそうですが、
私の紹介された頃には料亭も数件で芸者の数も減ってましたが別世界が垣間見られました。
ここの料理長を長年務めていた親っさんに京都とは逆ともいえる江戸料理や文化などを学ばせて頂き、
一流人とは「見ざる,言わざる,聞かざる」も学び、政財界の裏も見させて頂きました。
親っさんは予科練あがりの師範で「いな垣」名誉顧問の原司氏
今と違い調理場の皆がピリピリした環境で何度も殴り殺されそうになりながらも、
最後まで師事し原氏の許で歴史的な最後の名誉ある料理長を務めさせて頂きました。
(今の子達は馬鹿げてるとか、意味が分からんとか、警察に訴えるとか言うんだろうなぁ?)
1999年に柳橋の料亭いな垣は廃業し柳橋の灯りが消えました。
※古今東西舍様の浅草橋(料亭いな垣)様お借りしました。 https://kokontouzai.jp/archives/1346
歴史の最期を見届けるとか、一般人には経験できない経験とか、著名人に係れたなど私的には大きな財産です。

※横綱審議委員会 ※日本の政財界 ※お座敷天ぷら発祥 ※江戸料理の真髄 ※柳橋芸者
※一見客完全お断り ※高度経済成長と花街料亭 ※日本の昭和を影で支えた名料亭

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